※私は日本語を話せないため、翻訳ツールやAIの力を借りてこの文章を作成しました。日本のアーティストの皆さんと、日本の皆さんにどうしても感謝と想いを伝えたくて書いた手紙です。
タイトル : 日本のクリエイターやアーティスト、そして日本の皆さんへ
日本語は話せませんが、どうしても自分の言葉と想いを、皆さんの言語で伝えたいと思い、この文章を書きました。
自己紹介をさせていただきます。名前はポール、39歳です。
私はフランス人ですが、私の物語はマダガスカルから始まります。
思慮深く、観察好きで、けれど少し孤独な子どもでした。
そんな私が出会ったのが、同じく海外で暮らしていた日本人の少年、タツヤでした。
すべては彼から始まりました。流行に流されたわけではありません。ただ、そこに一人の友人がいたのです。
大人になるにつれ、私は日本のアーティストたちが持つ教養の深さに魅了されていきました。
私は文化や知識を尊ぶ人間です。知識を求めて探求する人々を心から尊敬しています。だからこそ、「日本のアーティストは、時に西洋のアーティスト以上に西洋のことをよく知っている」と冗談めかしてお話しすることもあります。
私はその敬意に応えたいと思いました。日本のこと、そしてその歴史のすべてを知ろうと、自分なりに尽くしてきました。
そして何より、日本のポップカルチャーは私の人格に深い影響を与えました。おそらく、他のどんなものよりも。
それは私に、大切な価値観を与えてくれました。
名誉。
真実の友情。
野心。
寛容さ。
自己犠牲の意味。
不屈の精神。
誰もが価値を持ち、敬意に値するということ。
表面的なものを拒絶すること。
そして、お金の力に自分を支配させないこと。どんな状況であれ、あらゆる不正や妥協を拒むこと。
そして何より、物事を合理的かつ知的に分析し、本質を見極める姿勢です。
つまり、一歩引いて世界を俯瞰すること。
そうです。日本のアーティストたちは、私という人間をそのように形作ってくれたのです。
けれど……それによって、私は自分の周りの人々(同胞たち)から少し遠ざかってしまったような気がするのです。
だからといって、自分が日本人になれたわけでもありません。
自分は一体何者なのかと、戸惑いを感じることもあります。
時間をかけて、ようやく気づきました。世界中のあらゆるアーティストがそうであるように、日本のアーティストたちもまた、戦っているのだと。
自分自身のため、自国の人々のため、そして己の社会のために。
では、皆さんの文化とともに育った私たちのような外国人は、一体何なのでしょうか。
母国にいても異邦人、皆さんの国に行っても異邦人。
私たちはどこへ向かうのでしょうか。
妻は韓国の文化に深い愛着を持っています。これらは、私たちの人生から切り離せるものではありません。
私たちの中心にある情熱です。けれど、それにはどんな意味があるのでしょうか。
ただ、物事がもっとシンプルであればいいのにと思うのです。
私は今、レユニオン島に暮らしています。南半球の夏が近づき、セミ(コオロギ)の鳴き声が聞こえてきます。
この声を、皆さんにも聴かせてあげたい。そして、皆さんの国のセミの声も聴いてみたい。
私の庭の桜(チェリーの木)を皆さんに見せたい。そして、皆さんの桜を見てみたい。
私の島の火山を見せたい。そして、皆さんの富士山(火山)を見てみたい。
黄金色に染まる私の夕日を見せたい。そして、皆さんの夕日を知りたい。
これこそが、日本のアーティストたちがその戦いに勝利したという、何よりの証なのではないでしょうか。
皆さんは、自国のポップカルチャーやアートが、遠い国に住む人間の生き方や価値観にここまで影響を与えていることについて、どう感じますか?
また、このように「母国でも異邦人、日本でも異邦人」と感じている私のような人間を、どう思われますか?
皆さんの率直なご意見やご感想を聞かせていただけたら嬉しいです。